マスメディア掲載記事特集(平成17年4月22日)このページを印刷する - マスメディア掲載記事特集(平成17年4月22日)

年々増加する現代病「肺がん」

上岡 博
上岡 博
呼吸器外科医長
国立病院機構山陽病院 院長
1975年岡山大学医学部卒、医学博士
日本肺癌学会理事、日本癌治療学会評議員、日本臨床腫瘍学会評議員、日本呼吸器学会代議員、日本老年医学代議員、日本呼吸器内視鏡学会代議員、日本臨床血液学会評議員
日本内科学会、日本癌学会、日本血液学会、世界肺癌会議(IASLC)、米国癌学会(AACR)米国臨床腫瘍学会(ASCO)に所属
専門分野は呼吸器内科、主要内科、癌の化学療法

医療情報最前線-インタビュー特集

年々増加する現代病「肺がん」 -原因と最新治療法を探る-

日本の死亡原因でもっとも多い病気であるがんの中でも、肺がんは年間死亡者数が5万人以上とトップで、今後もさらに増加するとみられている。肺がんは早期発見することで根治も期待できるが、自覚症状が出たときには進行している場合も多く、肺がんに対しての正しい知識・備えが必要である。そこで今回は、肺がんの現状から最新の治療法について、独立行政法人国立病院機構山陽病院の上岡博氏にお答えいただいた。
増加の一途をたどる肺がん 早期発見 早期治療が重要

肺がんとは

Ⅰ 肺がんは年々増加していますが、まず肺がんの原因や自覚症状について教えてください。

肺がんに罹られる患者さんは近年急速に増加し、年間に5万人以上の方が肺がんで亡くなられていますが、将来さらに増加すると予想されており、予防から治療にわたる全般的な対策が急務と考えられています。

原因としては、環境汚染や食品中の発癌物質などの関与も考えられていますが、肺がんの関連が最もはっきりしているのは喫煙です。タバコを長期間にわたり吸った人、特に重喫煙者といって喫煙指数(1日の平均本数かける喫煙した年数)が600を超える人では、肺がんのリスクが非常に高いと考えられます。 

肺がん患者さんに認められる症状は非常に多彩です。頑固な咳、痰に血が混じる、息苦しいなどの症状を訴えられる場合が普通ですが、無症状で胸部レントゲン検診で発見される場合があり、また、声がかすれるとか顔がむくむなどが初発症状となる場合、さらには肥満、高血圧症、糖尿病などの内分泌疾患の症状や手足のしびれ、脱力など神経系の病気を疑わせるような症状など、まったく肺がんを予想できないような症状で発病する場合がありますので、十分な注意が必要です。
58歳の男性(喫煙指数800)の喀痰に認められた扁平上皮がん細胞と気管支ファーバースコープで発見された腫瘤

58歳の男性(喫煙指数800)の喀痰に認められた扁平上皮がん細胞と気管支ファーバースコープで発見された腫瘤58歳の男性(喫煙指数800)の喀痰に認められた扁平上皮がん細胞と気管支ファーバースコープで発見された腫瘤
肺がんが疑われた場合、最初に行う検査は胸部レントゲン撮影です。これで異常な陰影が見つかると、コンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴装置(MRI)などによる精密検査を行いますが、最終的には気管支ファイバースコープによって、肺がんの組織を採取して病理学的に診断します。もし、気管支ファイバースコープを行っても診断できない場合には、CTガイド下に経皮針生検を行い、さらに全身麻酔下に縦隔鏡、胸腔鏡などを行い診断する場合もあります。また、重喫煙者では喀痰細胞診で診断されることもあります。(図1)

肺がん治療の現状

Ⅰそれでは肺がんの治療法について教えてください 
肺がんの治療を行う場合、まず肺がんを小細胞肺がんと非小細胞肺がん(腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんが含まれます)の2つに分け、さらに病期といって、肺がんの進行度(広がり)の判定を行い、病期に応じて治療方針を決定します。そのためには全身の検索が必要ですので、CT、MRIに加えて、核医学検査など種々の検査が必要になります。

小細胞肺がんは進行が極めて早く、診断時にはほとんどの患者さんで転移が認められますので、手術が選択されることはほとんどありません。病期を限局型と進展型の2つに分け、原則として限局型では化学療法(抗がん剤による治療)と胸部照射(放射線治療)の併用、進展型では化学療法単独が選択されます。この治療により、ほとんどの患者さんで腫瘍の縮小が認められ延命効果が得られますが、多くの患者さんでは腫瘍の再増大が認められますので、最終的に治癒が得られるのは限局型の4人に1人、進展型では極めて稀という厳しい状況です。

 一方、非小細胞肺がんは進行が比較的緩徐ですが、小細胞肺がんに比べて抗がん剤や放射線が効きづらいという特徴があります。病期はⅠ期(転移無し)Ⅱ期(肺門リンパ節に転移)、Ⅲ期(縦隔リンパ節、鎖骨上窩リンパ節に転移、縦隔臓器への直接浸潤)、Ⅳ期(遠隔転移)に分けられますが、治療法の選択としては、Ⅰ期、Ⅱ期の早期の患者さんには、原則として手術を行います。ごく最近の研究の結果、手術後の抗がん剤を投与すること(補助化学療法)により再発が抑制され、生存率が改善するとの報告が相次ぎ、現時点では手術後に補助化学療法を行うのが標準的治療法と考えられています。Ⅲ期では、これまでほとんどの患者さんが1年以内に亡くなられていましたが、手術、放射線療法、化学療法などを組み合わせた集学的治療法を行うことにより、長期生存される患者さんが増え、少数ではありますが、治癒される患者さんも認められます。 Ⅳ期では化学療法が行われます。従来の抗がん剤は副作用が強いわりには効果が少なく延命効果はほとんどないといわれていましたが、シスプラチンあるいはカルボプラチンという薬と1990年代に開発された新規抗がん剤(タキソール、タキソテール、ナベルビン、ジェムザール、イリノテカン)を併用することにより、明らかな延命効果が認められることがわかり、現在では化学療法を行わなければならないと考えられています。しかしながら、このような治療を行いましても、治癒が期待できるのはⅠ期で70%、Ⅱ期で50%、Ⅲ期で5~30%、Ⅳ期ではほとんど望めないという厳しい状況にとどまっています。

肺がん治療の将来

Ⅰ肺がんは進行していると治癒が難しいという事ですが、肺がん治療の今後についてお聞かせください。
このような状況を打破する目的で、現在以下のような試みがなされています。

1. CT検診

1. CT検診
70歳の男性(腺癌、Ⅰ期)。
左:胸部レントゲンでは正常。
右上:CT検診いて左肺に淡い陰影が認められた。
右下:高分解能CTによる精密検査にて肺腺癌に特徴的な増が認められた。
現在の肺がん検診は胸部レントゲンと重喫煙者を対象とした喀痰細胞診で行われていますが、まだ検診により肺がんの死亡率が改善するとのエビデンスは得られておらず、欧米では肺がん検診は行われていません。しかしながら肺がんをできるだけ早期に発見することにより治癒する患者さんが増えるのは当然と考えられますので、検診の精度をさらに改善する目的で、胸部CTの有用性が検討されています。写真のようにレントゲンではまったく認められない微小陰影でもCTにより容易に発見できます。(図2)。現在のCT検診の効果を検証する目的で、米国で大規模な比較試験が進行中ですので、その結果によりCT検診の有用性が明らかになると期待されます。 

2. 新規抗がん剤

現在の化学療法の主体はシスプラチンなどのプラチナ化合物と1990年代に開発された薬剤の併用ですが、最近、小細胞肺がんでは、日本で開発されたアムルビシンというお薬が単独で70%ぐらいの患者さんに効果があり、シスプラチンと併用することにより生存率が改善するのではないかと期待されています。一方、非小細胞肺がんにおいても、既治療例に対してアリムタという薬剤が有効であり、しかも副作用が極めて軽微であることがわかりました。いずれも、現在有効性の検討が進行中ですが、有望な薬剤と考えられています。

3. 分子標準的治療薬

近年の分子生物学の進歩に伴い、がん細胞の増殖、浸潤、転移などに関与する特異的な遺伝子、蛋白などが明らかになり、この分子を標的とした薬剤が多く開発されています。代表的な薬剤はゲフィチニブというがん細胞の表面に存在する上皮増殖因子受容体の阻害剤です。このお薬はシスプラチンを含む化学療法が効かなくなった非小細胞肺がん患者さんの10~20%ので著明な腫瘍縮小効果と劇的な自覚症状の改善が認められ、特に、女性、腺がん、非喫煙者、日本人においてゲフィチニブの効果が得られやすいこともわかり、世界に先駆けて日本で承認されました。しかしながら、その後ゲフィチニブの投与に伴う急性の肺障害でなくなられた患者さんの報告が相次いでなされたこと、最近の大規模な比較試験でもゲフィチニブによる生存率の改善効果が確認できなかったことなど、ゲフィニチブに対する評価は非常に厳しくなっています。一方、昨年、肺がん細胞の上皮増殖因子受容体に遺伝子異変がある患者さんではゲフィニチブが良く効くことがわかり、将来のオーダーメイド医療に応用できるとの期待が高まっています。従って現時点では、ゲフィチニブは日本肺がん学会のガイドラインで示されているように、効果が期待できる患者さん(女性、腺癌、非喫煙者、および遺伝子異変の確認された患者など)を対象とし、かつ急性の肺障害を合併するリスクの高い患者さんには投与しないという姿勢が必要です。

 
Ⅰ最後に、肺がん治療のこれからについて、一言お願いします。

肺がん治療の現状と最近の試みを紹介致しましたが、抗がん剤、分子標的治療薬あるいは放射線治療法のいずれも、効果とともに非常に強い副作用を伴いますので、このような治療は薬剤、放射線の作用機序、効果、副作用などを熟知している専門医(日本臨床腫瘍学会、日本癌治療学会などが認定を始めています)が常駐する専門病院で受けなければなりません。また、肺がんの撲滅に最も有効なのは禁煙です。喫煙はアルコールや覚醒剤、麻薬と同様に依存症として、治療の対象となる病気であるという考え方が強くなっていますので、肺がんの予防において禁煙指導は必須ですが、最もよいのは最初からタバコを吸わないことですから、禁煙教育に最も力を注ぐべきでしょう。

 

掲載メディア  読売新聞
掲 載 日   平成17年4月22日
掲載エリア   山口県版